キョウエイボーガン単語

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キョウエイボーガンとは、1989年生まれの日本の元競走馬である。
たった一日、"あの日"を境に大勢の人間の感情に翻弄され、紆余曲折の末数奇な運命を辿った馬として知られている。

主な勝ち鞍
1992年:神戸新聞杯(GII)、中日スポーツ賞4歳ステークス(GIII)

（馬齢は全て旧表記）

概要

生まれてから"あの日"まで

1989年4月27日、この世に生を受ける。父はテュデナム、母父はテスコボーイ。母親であるインターマドンナはキョウエイボーガンの出産を最後に用途変更・廃用となり、キョウエイボーガンは生まれてすぐ母を失った。彼自身の血統は三流ではないが決して一流でもない、地味で小柄な馬。調教も目を見張るものが無く、1991年11月の新馬戦でデビューするも人気の3頭からやや離された4番人気であった。だが、キョウエイボーガンは躍動した。スタート直後あっという間に先頭につくと、そのままあっさりと1400mを逃げ切ってみせた。

その後2戦を走るも控える競馬で大敗を喫し、更に骨膜炎を発症する不運に見舞われる。だが4ヶ月後の1992年5月に復帰すると、あれよあれよという間に条件戦から中日スポーツ賞4歳ステークス・神戸新聞杯まで一気に逃げ切り4連勝、晴れて重賞馬の仲間入りを果たした。この快進撃でキョウエイボーガンは本格的にクラシックGI・菊花賞を目指すことになり、それを見据えてもう1戦、京都新聞杯（GII）にも挑戦する事になった。だがこのレースはとんでもない強敵の出走が決まっていた。

ミホノブルボン。

彼は坂路によって鍛え上げた脚力を活かした逃げ馬で、追いすがる他馬をことごとく叩き潰して無敗のまま皐月賞と日本ダービーを制した。そして彼もキョウエイボーガンと同じく菊花賞に出ようとしていた。三冠を目指す無敗の二冠馬と、重賞2勝と急成長中の上がり馬。同じ逃げ馬の両者が激突した京都新聞杯は――あっけなくミホノブルボンの逃げ切り勝ちで終わった。キョウエイボーガンが出遅れ、2番手に控えたからだ。もちろん菊花賞に向けての実験的な作戦であった事に間違いはないのだが、あまりにもキョウエイボーガンが脆かった。調子が狂ったのか早々と行き脚が鈍り、10頭中9着という大敗を喫してしまった。

キョウエイボーガンは、逃げ馬であった。
後ろに控えると走る気を無くしてしまう。
京都新聞杯の結果を見て、陣営は決断した。
「ミホノブルボンに先頭は譲らない」
レース前から、そう宣言した。

そして、"あの日"はやってきた。

"あの日"

1992年11月8日、菊花賞（GI）。
この日京都競馬場は、ミホノブルボンの無敗での三冠達成を見届けようと多くの競馬ファンが詰めかけていた。圧倒的1番人気はもちろんミホノブルボンで単勝は1.8倍。2番人気は着々と実力を付けてきたライスシャワー。キョウエイボーガンは……大きく離された11番人気であった。4連勝はあったにしろ前走での大敗が尾を引いていた。

ゲートが開き、18頭が一斉に飛び出した。ミホノブルボンが先頭に出ようとした時、外側から目にも留まらぬスピードで追い抜いていく馬がいた。

キョウエイボーガンだった。

スタンドからどよめきが起こり、直後次々と罵声が飛んだ。キョウエイボーガンが後続を引き離して逃げる形になり、一週目のスタンド前を通り過ぎようとしていた。だがここで異変が起きた。ミホノブルボンがおかしい。いつも冷静なレース運びをしていたミホノブルボンが、果敢に前を逃げるキョウエイボーガンを見て掛かってしまい、猛烈に追いかけ始めたのだ。2頭がハイペースで逃げ続け、縦長の展開のまま向こう正面を過ぎ坂を下り始めたところで、先にキョウエイボーガンの脚が鈍った。ミホノブルボンに追い抜かれたキョウエイボーガンは、そのまま馬群の中に沈んでいった。

レースの結末はというと、逃げるミホノブルボンをゴール手前でライスシャワーが急襲しそのまま先頭で駆け抜けた。ミホノブルボンは掛かって冷静さを欠いたことで最後は明らかに脚色が鈍り、ゴール直前でマチカネタンホイザにもかわされ辛うじて差し返したものの2着がやっと。キョウエイボーガンは……16着に沈んだ。その直後の京都競馬場の異様な空気は（ミホノブルボンやライスシャワーの項でさんざん説明されているが）相当なもので、悲鳴、罵声、落胆、嘆息、全てが入り交じったどよめきに包まれていた。

ミホノブルボンの無敗での3冠を楽しみにしていた競馬ファンから真っ先にやり玉に挙がったのは菊花賞を勝ったライスシャワーだった。しかし皐月賞から菊花賞までに徐々にミホノブルボンに詰め寄っていった彼の実力は決して伏兵などではなく実力馬の一頭であったし、事実豪快に差し切ってレコードを叩き出した競馬は圧倒的であった。『強い競馬で勝った純然たる菊花賞馬』であるライスシャワーはその後世間のブーイングを受けつつも「刺客」「悪役」として人気が出ることになるが、その一方でファンやマスコミに大々的に吊し上げられたのが……

……キョウエイボーガンだった。

ブルボンの先を行き、逃げ潰れたばかりに「ブルボンに逃げさせなかった」「勝ち目がないのに妨害した」等と散々に批難され、競馬評論家には「ブルボンに明らかな不利があった、くだらない馬が逃げたばっかりに……」とまで吐き捨てられた。

『くだらない馬』。
『ミホノブルボンの三冠を邪魔した馬』。
"あの日"、キョウエイボーガンに不名誉なレッテルが貼られた。
真剣勝負のレース。
逃げ馬が、勝つために逃げた。
ただそれだけだったはずなのに――。

"あの日"のあと

キョウエイボーガンは菊花賞の1ヶ月後、芝のマイル戦・ポートアイランドステークスで1番人気に支持され2着に粘り、実力のあるところを見せつけた。だが次のレースで惨敗後、脚の具合が悪くなり長期休養する羽目になってしまう。

ようやく2年後の1994年秋に復帰したが、かつてのスピードは戻らず2戦走ってまったくいいところ無く大敗。その直後――世間がナリタブライアンの三冠達成に沸く中、キョウエイボーガンはひっそりと引退した。その頃同期のミホノブルボンは既に種牡馬になっており、ライスシャワーは（スランプの時期ではあったものの）菊花賞と春の天皇賞を制したＧＩステイヤーとして名を上げていた。

キョウエイボーガンは重賞馬にもかかわらず地味な血統から種牡馬になれず、馬格に恵まれなかったため乗馬にもなれず、また生まれ育った牧場に戻る事も無くそのまま廃用処分と決まった。食肉用の廃用馬を集める兵庫県の牧場に移送され、あとは出荷されるのを待つだけ……重賞を2勝し、菊花賞で懸命に先頭を走っていたキョウエイボーガンの命はもうすぐ消えようとしていた。









……誰がそのとき想像し得ただろう。

キョウエイボーガンがその後、27年にわたる長き余生を全うすることを。

"あの日"の小さな奇跡

ある日、出荷を待つキョウエイボーガンがいる牧場に一人の主婦が現れた。
岡山県から来たというその主婦は言った。

キョウエイボーガンを買い取りたい、と。

彼女は競馬にあまり詳しくないごく普通の主婦だった。ただ、たまたま雑誌で読んだ菊花賞特集の「母親を失ったキョウエイボーガン」が頭から離れず、"あの日"はテレビで先頭を走る彼を応援していたのだ。そんなキョウエイボーガンの姿を見ながら、唐突に彼女は『この馬を飼ってみたい』と思うようになったという。

馬を飼うという行為はとても大変な事である。飼い葉（食料の草）や果物をたくさん食べるから毎月万単位という食費が掛かるし、毎日の世話は欠かせないし運動もさせなければ体調が悪化する。ということは、あの巨体が動き回れるぐらいの広い敷地と、世話をしたり繋いでおく為の厩舎も必要になる。例え豪邸だとしても都会では早々に飼えないし、かといって地方の牧場に置くにも預託料（要するに預かり料）がかかる。病気になったり、例えならなくても定期検査が欠かせないからそれにも費用が掛かる。とにかく膨大な手間とお金がかかる事この上ない。

しかし彼女はそんなこともお構いなしに、ただひたすらにキョウエイボーガンを飼う事だけを考えていたのである。引退の報を聞いて彼女は即座に情報を集め牧場へすっ飛んでいき、代金の10万円を支払いその場でキョウエイボーガンを購入したのだった。

それは、キョウエイボーガンが出荷される2日前の出来事であった。

それから

キョウエイボーガンは買い取られた後、神奈川県・森林乗馬牧場や高知県・土佐黒潮牧場等の養老牧場で過ごした。その主婦もただ買い取るだけでなく、彼に「坊」という愛称を付け、パートで稼いだお金で預託料や発生する経費をその都度支払った。その後は群馬県・伊香保の乗馬クラブアリサへお引っ越し。デビュー前のキョウエイボーガンを世話していた小島茂之現調教師が会いに行く様子が動画ニュースにもなった（現在もYoutubeで視聴できる）。高齢のため時折体調を崩すこともあったが、NPO法人・引退馬協会のフォスターホースに就任した他インターネット企画「ソフト競馬」にも出演するなど多岐にわたっての活動もあり、またゲーム「ウマ娘」の影響で彼を知った若いファンを出迎えるなど、晩年まで元気な様子を見せていた。

2021年8月18日、同世代のレガシーワールドが繋養先の牧場で他界したため、92年クラシック世代の重賞勝利馬は、ついにキョウエイボーガンただ一頭となった。また当時存命中の重賞勝利馬の中ではナイスネイチャに次いで2番目の長寿だった。だがその頃からキョウエイボーガンにも徐々に衰えが出始め、2022年の元日、とうとう迎えの時が来る。持病の蹄葉炎が悪化して人間が介助しても立つことができなくなり、初日の出の中安楽死の処置が施され、キョウエイボーガンは33年にわたる波瀾万丈の生涯を閉じた。





"あの日"、日本中から罵られたキョウエイボーガン。
"あの日"一緒に走ったライバルはみな、彼を残して先に逝った。
だが、"あの日"レースを見ていたたった一人の主婦に愛されて、
キョウエイボーガンは最後まで懸命に生き続けた。
きっと、先に旅立った仲間たちも、優しく出迎えてくれるだろう。

血統表

クロス：Nasrullah 4×5(9.38%)、Hyperion 4×5(9.38%)、Nearco 5×5×5(9.38%)

• 父テュデナムはG1ミドルパークSの勝ち馬。種牡馬としてホスピタリテイやテュデナムキングなどの活躍馬を出した。
• 母インターマドンナは中央で31戦3勝。血統にテスコボーイ・ムーティエ・ガーサントと戦後の日本を彩る種牡馬が入り血統としては悪くないのだが、それでも廃用にしなければいけないところに馬産の難しさがある。

関連動画

関連リンク

• 競馬
• 競走馬の一覧
• 1992年クラシック世代
  • ミホノブルボン
  • ライスシャワー
• ソフト競馬
  
  ▼参考文献
  柴田哲孝「逃げ馬物語」（アミューズブックス　2002年）
  週刊Gallop 2021年8月8日号

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